日本の香水の歴史

日本に仏教が伝えられたのは6世紀の飛鳥時代です。元々はインドにあった香料が仏教伝来と共に日本にもやってきました。古代インドでは白檀や沈香、スパイスなどを焚いて死者を送る習慣がありました。ヨーロッパのフローラルの香りとはまた違った香りです。それ以外にも、王族や貴族たちが香りのする軟膏などを身体に塗ったり、祭りの際には香りを焚いたりしていたことがバラモン教の聖典に記述されています。

また、日本に香りを伝えたのはインドだけではなかったようです。唐の時代には中国から日本に薫物が伝わってきます。これは白檀や沈香など、数種類の香りを混ぜたもので、はじめは仏様への供え物として用いられていました。のちに平安時代になると、宮廷などでは部屋で香りを焚いたり、着物に香りをつけたり、現代と同じような目的で使われるようになります。これを空薫物といいます。

その後、香りは文化として発展していきます。室町時代になると、香木を焚いて香りの組み合わせを当てたり、香りの名前を当てたりするゲームのような香道という文化がでてきます。香道では、六種類の香木から組み香をつくる六国というものを用います。

香りが一般人でも楽しめるようになるのは江戸時代です。はじめは加羅の油や花の露と呼ばれていた髪につける油が流行りました。江戸中期には香油、後期には化粧水が流行します。これは江戸の下町の薬屋から出回っていたようです。

香油や化粧水が中心だったのが、「香水」に変わったのは江戸時代の末期から明治時代初期頃と言われています。欧米との貿易が始まり、香水が日本に入ってきたのです。明治5年以降、香水はにおいみずと呼ばれ、舶来ものだけでなく国産のものも作られ販売されるようになりました。このころには化粧品も欧米化しており、洋風のフレグランスが人気となり、瞬く間に広がっていきました。

日本ではじめて香水として販売されたのは、ロジェ・ガレ社の「ヘリオトロープ」だそうです。ヘリオト―プは、夏目漱石の小説「三四郎」にも登場します。日本の国産の香水としてはじめて販売したのは資生堂です。大正7年に「梅の花」、「藤の花」、「匂ひ菫」など、日本らしい名前の21種類の香水を発表しています。

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